足あと第10章 明治このかた

(数字は冊子でのページです)

◎わが国最古の地券 191
*明治5年交の「壬申地券」。翌明治6年の地租改正で新地券と交換され現存しないはずの地券が発見された。

◎駒場学校設立の届書 192
*明治5年の「学制」発布にいち早く反応した駒場区では、長岳寺に「駒場学校」を設立する届書を筑摩県に提出した。

◎小学校の授業料 193
*明治24年度、会地尋常小学校の授業料は毎月拾銭だった。学制の発布、小学校令の公布を経ても、1年を通して通学できる子どもは少なかった。

◎アメリカから来た人形 194
*昭和2年、アメリカの万国児童親善協会から、青い目の人形が県下各小学校に贈られた。第二次大戦中の排米運動の犠牲となって現在は一体も残っていない。

◎小学生の恵那登山 195
*昭和9年、会地小学校高等科2年の恵那山登山。赤なぎから登り、石灰山へ下りた。宿泊したのは石室。頂上には売店もあった。

◎横川山事件和解契約証 196
*昭和5年、入会山の訴訟が和解となり、駒場区が山の半分を横川に分割した契約証

◎明治大正期の阿知川橋 197
*明治24年頃、初代の阿知川橋が完成した。青い川に赤い橋、黒い人の山、『あゝ立派だな―、あゝ結構だなー』と驚きの歓声があがった。

◎大正末期の電話表 198
*熊谷元一先生御寄稿の、「会地局電話ことはじめ」に引用されている、大正14年の電話番号表

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